2006/05/02

辛光洙とフジモリ

 日本政府は現在、北朝鮮政府に対して、元工作員辛光洙の身柄引き渡しを要求している。国際刑事警察機構(ICPO)を通じた国際手配も行った。容疑は地村・蓮池両夫妻、原敕晁さんらの誘拐への関与である。
 しかしその日本政府はかつて、ペルー政府からの要求に対して、犯罪容疑者の身柄引き渡しを拒否している。容疑者の名はアルベルト・フジモリ、容疑内容は暴行、誘拐、殺人、組織犯罪への関与その他。もちろんICPOによる国際手配も行われていた。
 このとき日本政府は、フジモリが日本国籍を持っていると主張し、ペルーと日本との間には犯罪人引渡条約がないから自国民であるフジモリを引き渡すことはできない、としてペルー政府の要求を拒絶した。ICPOの手配書に対しては、「インターポールの手配書は、日本の裁判所が発する逮捕状にあたらない」と言ってこれを無視した。(2003年3月27日、高島肇久外務報道官)

 ペルーで生まれ、ペルー人として大統領にまでなったフジモリを自国民だと言う政府の主張は恣意的としか言いようがないが、ここでは仮にそれを認めてみよう。この場合、辛光洙についてはどうなるか。

 辛光洙が北朝鮮国民であることは疑いようがない。
 国交自体がない日本と北朝鮮との間に犯罪人引渡条約などあるわけがない。
 ICPOの手配書が、「北朝鮮の裁判所が発する逮捕状」でないことも明白だろう。

 ならば、日本政府はどの面下げて辛光洙の引渡しを北朝鮮に要求できるのか。自分たちが拒絶したのとそっくり同じ論理を、どうして他国に対しては突きつけられるのか。

 厚顔無恥とは、こういうことを言うのだ。

 ペルー政府からの身柄引き渡し要求を拒絶する際、日本政府は、「自国民は自国で裁く」「虐殺事件の刑事責任については日本の司法当局で文書を基に検討する」と述べた。しかし、日本政府はフジモリを自国の責任において裁くどころか、いつのまにか出国させてしまった。殺人容疑者にパスポートを与え、国外逃亡を公然と許したのだ。しかも、ペルーや出国先のチリに通知さえしなかった。
 とんだ「法治国家」もあったものだ。このような日本政府に、辛光洙を北朝鮮政府が英雄扱いしようがどうしようが、文句を言う権利などないのである。

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2006/04/11

「9条守ろう! ブロガーズ・リンク」に参加します

「9条守ろう! ブロガーズ・リンク」の趣旨に賛同し、参加させていただきます。

憲法9条は、「暴力ではなく道義と言論によって国を守れ」と言っています。その意味を理解せず、わざわざ近隣諸国に背を向けて孤立化の道を選ぼうとする政治家たちの愚挙を、市民の言論の力で阻止しましょう。

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2006/04/09

改憲批判は「内政干渉」か?

 この国の政治家たちは、中国や韓国から何かしら批判を受けると、すぐ「内政干渉」だと反発して見せる。
 例えば、韓国・盧武鉉大統領の3・1節記念式典演説に対する反応など、その典型的な例だろう。

 韓国の盧武鉉大統領が一日、「三・一独立運動」記念式典の演説で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を重ねて批判し、憲法改正論議にも注文をつけたことに、政府内からは内政干渉だ、との反発が広がった。

 大統領の発言について小泉首相は、「憲法はその国自身が考えることだ。戦後六十年の日本の歩みをよく見てほしい。これからよく日韓友好に努めていただきたい」と不快感を表明した。安倍晋三官房長官も会見で、憲法改正は「日本人自身の手によって決めることで、まさに内政問題だ。平和主義の基本方針を覆すような(憲法)議論はまったくなく、大統領の指摘はあたらない」と批判した。 (2006.3.2 産経新聞)

 盧大統領がこの演説中で改憲問題について触れたのは次の一節である。

日本が‘普通の国’ひいては‘世界の指導的な国家’になろうとするなら、法を変えて軍備を強化するのではなく、まず人類の良心と道理にあった行動をすることによって、国際社会の信頼を確保していくことが、正しい道であろうと思います。

 これが内政干渉だと言うのなら、政府当局者が他国の政治動向に対してコメントするのはすべて内政干渉になってしまうだろうし、アメリカ政府によるあからさまな内政への口出し、「規制改革要望書」には唯々諾々と従いながら、アジアからの苦言には不快感丸出しに反発するのはダブルスタンダードそのものである。
 しかし、今回取り上げたいのは、そうした問題ではない。小泉首相や安倍官房長官が、どうやら改憲問題を内政問題だと思っているらしい、その不見識についてである。

 言うまでもないことだが、主権在民も、三権分立も、男女平等も、言論・信教・結社の自由も、およそ日本国憲法に含まれる平和的・民主的要素の中に「日本人自身の手によって」獲得したものなど一つもない。日本が台湾・朝鮮を植民地化し、中国を侵略し、ついには東南アジアにまで手を伸ばし、無謀な侵略戦争を仕掛けて惨敗した、その結果にほかならない。あの敗戦がなければ、我々は今でも神聖不可侵の天皇に隷従する「臣民」「赤子」のままだっただろう。
 日本国憲法は、日本人300万、そして2000万ともそれ以上とも言われるアジア人の血によって購われたものなのである。
 とりわけ戦争放棄を謳った憲法9条は、日本がアジアの人々に向かって、もう二度とあのようなことはいたしません、と誓った条文なのである。その9条を改変するということは、かつての行為を反省などしていないと公言するのも同然であり、もう一度近隣諸国に対して宣戦布告をするようなものなのだ。

 「戦後六十年の日本の歩み」などと口にしながら、小泉首相には日本の近現代史に関する認識がまったくない。安部氏も同程度か、あるいはそれ以下だろう。
 このような人物たちが政府の中枢を占めているという事実そのものが、他者に目を向けることのないこの国の閉塞状況を象徴している。

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2006/04/04

小泉のガセネタ

 民主党「ガセネタ」メール騒動は、とうとう問題の送金指示メールを持ち出した永田議員の辞職、党執行部の総退陣という事態に至った。
 別に、民主党をかばうつもりはない。裏も取れていない怪しげな情報を振りかざして与党を追及し、逆襲されると途端に総崩れというお粗末さには開いた口がふさがらない。おかげで当のライブドア問題はもちろん、米国産牛肉輸入問題も、耐震偽装問題も、官製談合問題も、すべてが道連れでうやむやにされてしまった。

 しかし、民主党の「ガセネタ」ばかりを叩くマスコミや世論の動向には強い違和感を感じざるを得ない。

 「ガセネタ」は民主党の専売特許なのか?
 そうじゃないだろう。それどころか、例のメールを「ガセネタ」だと言った小泉首相こそ、ガセネタを利用してインチキな政策を強行してきた張本人ではないか。
 2003年3月、小泉首相は「大量破壊兵器の脅威をどう取り除くかが課題だ」「大量破壊兵器や生物化学兵器は大勢の生命を脅かす。危険なフセイン政権が武装解除の意思を持たないと分かった以上、米国の武力行使を支持するのが妥当だ」と、ガセネタを根拠にブッシュのイラク侵略をいち早く支持した。イラクに「大量破壊兵器」などなかったことが否定できなくなると、「フセイン大統領はいまだに見つかっていない。見つかっていないから、イラクにフセイン大統領は存在しなかったとは言えない」とまで強弁した。同年10月に自衛隊のイラク派兵を閣議決定した際にも、「開戦時に米英を支持した決断は今でも正しいと思う」と述べている。
 小泉首相のこの言動は、送金メールの根拠が示せないまま、「メールの信憑性は高い」と言い続けた民主党・前原代表といったいどこが違うのだろうか?

 更に、「ガセネタ」だったことは同じだとしても、その実害には雲泥の差がある。
 あの送金「ガセネタ」メールに、いったいどの程度の実害があっただろうか? せいぜい、名指しされた武部勤自民党幹事長とその二男、そして堀江氏に対する中傷程度のことだろう。
 しかし、小泉首相のガセネタがもたらした害悪はそれどころではない。
 小泉首相がガセネタを利用してブッシュの侵略・殺戮行為に加担しなければ、二人の外交官、奥克彦氏と井ノ上正盛氏がイラクで射殺されることも、香田証生氏が生きながら首を切り落とされることもなかったはずである。
 ガセネタで三人の同胞を死に追いやった小泉首相の罪は、永田議員などとは比較にならないほど重い。

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