改憲批判は「内政干渉」か?
この国の政治家たちは、中国や韓国から何かしら批判を受けると、すぐ「内政干渉」だと反発して見せる。
例えば、韓国・盧武鉉大統領の3・1節記念式典演説に対する反応など、その典型的な例だろう。
韓国の盧武鉉大統領が一日、「三・一独立運動」記念式典の演説で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を重ねて批判し、憲法改正論議にも注文をつけたことに、政府内からは内政干渉だ、との反発が広がった。
大統領の発言について小泉首相は、「憲法はその国自身が考えることだ。戦後六十年の日本の歩みをよく見てほしい。これからよく日韓友好に努めていただきたい」と不快感を表明した。安倍晋三官房長官も会見で、憲法改正は「日本人自身の手によって決めることで、まさに内政問題だ。平和主義の基本方針を覆すような(憲法)議論はまったくなく、大統領の指摘はあたらない」と批判した。 (2006.3.2 産経新聞)
盧大統領がこの演説中で改憲問題について触れたのは次の一節である。
日本が‘普通の国’ひいては‘世界の指導的な国家’になろうとするなら、法を変えて軍備を強化するのではなく、まず人類の良心と道理にあった行動をすることによって、国際社会の信頼を確保していくことが、正しい道であろうと思います。
これが内政干渉だと言うのなら、政府当局者が他国の政治動向に対してコメントするのはすべて内政干渉になってしまうだろうし、アメリカ政府によるあからさまな内政への口出し、「規制改革要望書」には唯々諾々と従いながら、アジアからの苦言には不快感丸出しに反発するのはダブルスタンダードそのものである。
しかし、今回取り上げたいのは、そうした問題ではない。小泉首相や安倍官房長官が、どうやら改憲問題を内政問題だと思っているらしい、その不見識についてである。
言うまでもないことだが、主権在民も、三権分立も、男女平等も、言論・信教・結社の自由も、およそ日本国憲法に含まれる平和的・民主的要素の中に「日本人自身の手によって」獲得したものなど一つもない。日本が台湾・朝鮮を植民地化し、中国を侵略し、ついには東南アジアにまで手を伸ばし、無謀な侵略戦争を仕掛けて惨敗した、その結果にほかならない。あの敗戦がなければ、我々は今でも神聖不可侵の天皇に隷従する「臣民」「赤子」のままだっただろう。
日本国憲法は、日本人300万、そして2000万ともそれ以上とも言われるアジア人の血によって購われたものなのである。
とりわけ戦争放棄を謳った憲法9条は、日本がアジアの人々に向かって、もう二度とあのようなことはいたしません、と誓った条文なのである。その9条を改変するということは、かつての行為を反省などしていないと公言するのも同然であり、もう一度近隣諸国に対して宣戦布告をするようなものなのだ。
「戦後六十年の日本の歩み」などと口にしながら、小泉首相には日本の近現代史に関する認識がまったくない。安部氏も同程度か、あるいはそれ以下だろう。
このような人物たちが政府の中枢を占めているという事実そのものが、他者に目を向けることのないこの国の閉塞状況を象徴している。
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コメント
誰もコメント入れていないようなので私が一言。
確かにそうですね。この国の政治家はアメリカが内政干渉的な発言を行っても何も言いませんが、中韓のそれには反発します。これは一種の欺瞞です。もっとも政治家にとってはそこが政治なのでしょうが…。
ところであなたは、「日本がアジアの人々に向かって、もう二度とあのようなことはいたしません、と誓った」とおっしゃっていますが、日本国憲法の何処にそのような文章があるのか、是非教えてください。「誓う」という文は、私が知っている限りでは前文の最後に書かれていますが、この場合、誓う対象については一切書かれていません。
憲法以外の法令なり文なり発言なりを引っ張ってきてもだめですよ。憲法論議である以上は、憲法をもって話しましょう。多分反論はないと思いますが、それも含めて楽しみに待っています。
投稿: 對言人 | 2006/04/11 21:37
コメントありがとうございます。
しかしながら…
>ところであなたは、「日本がアジアの人々に向かって、もう二度とあのようなことはいたしません、と誓った」とおっしゃっていますが、日本国憲法の何処にそのような文章があるのか、是非教えてください。
私が9条について「誓った」と書いたのは、近隣アジア諸国との関係における9条の意味を言っているのであって、憲法のどこかにそう書いてある、などというベタな主張ではありません。
よってあなたのご指摘は失当です。
投稿: Virgil | 2006/04/12 00:18
盧大統領がこの演説中で改憲問題について触れたのは次の一節である。
日本が‘普通の国’ひいては‘世界の指導的な国家’になろうとするなら、法を変えて軍備を強化するのではなく、まず人類の良心と道理にあった行動をすることによって、国際社会の信頼を確保していくことが、正しい道であろうと思います。
この一節は、
日本は‘世界の指導的な国家’ではなく、ましてや‘普通の国’でもない。人類の良心と道理にあった行動もできていない(または人類の良心と道理に反する行動をとっている)。まず人類の良心と道理にあった行動をし、国際社会の信頼を確保してから、法を変えて軍備を強化するのが正しい道であろうと思います。
と読める。拡大解釈であろうか?
日本は、他の国家が持つ程度の一部の特殊性はあるものの‘普通の国’であり、特定の国を支持する傾向はあっても‘世界の指導的な国家’の一つである。日本は、一部の国を除き、人類の良心と道理にあった行動がとれていると評価されており、国際社会の信頼を受けている。現実に合わない憲法を改正するのは当然である。
と言うのが私の考えです。
また、
日本は人類の良心と道理にあった行動もできていない(または人類の良心と道理に反する行動をとっている)。
ならば、大変な事ですので、すぐにも是正すべきでしょう。具体的になにを指すのか?
上記の様な内容を政治的に発言されたのであれば、政府関係者なら、意見を公表するのが当然のことでしょう。それを、反発ととらえ、内政干渉云々と批判するのは、文章の理解力が無い証明としかいえない。
投稿: AZUMA Goro | 2006/04/13 12:41
ご返答ありがとうございます。以前のコメントの最後を挑発めいて書いたことも謝らせていただきます。
>私が9条について「誓った」と書いたのは、近隣アジア諸国との関係における9条の意味を言っているのであって、憲法のどこかにそう書いてある、などというベタな主張ではありません。
そうですかそうですか、ではやはり憲法内では誓っていないということでよいのですね。安心しました。それだけ確認できれば結構です。
ちなみに私は、九条は近隣諸国に対する誓いというような仰々しいものではなく、もう少しソフトな、いわばメッセージのようなものだと思っています。しかし、あなたのように「誓い」ととらえる人もいれば、あの文は一種の妄想と思う人もいるでしょう。
しかし、こうした数多くの意見を議論し、決めていくことが民主主義だと私は思っています。他国の干渉をそのまま受けて政治を行うことは、民主主義の根幹に関わることです。
上手く文を結ぶことができませんでしたが、重ねてご返答いただきありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。
投稿: 對言人 | 2006/04/15 17:05
>AZUMA Goroさん
> この一節は、
>
>日本は‘世界の指導的な国家’ではなく、ましてや‘普通の国’でもない。人類の良心と道理にあった行動もできていない(または人類の良心と道理に反する行動をとっている)。まず人類の良心と道理にあった行動をし、国際社会の信頼を確保してから、法を変えて軍備を強化するのが正しい道であろうと思います。
>
>と読める。拡大解釈であろうか?
拡大解釈ですね。というか、単なる歪曲です。
盧武鉉演説のどこにも、国際社会の信頼を確保する前であろうが後であろうが、日本が「法を変えて軍備を強化する」ことが「正しい道」だなどという主張はありません。
>日本は人類の良心と道理にあった行動もできていない(または人類の良心と道理に反する行動をとっている)。
>ならば、大変な事ですので、すぐにも是正すべきでしょう。具体的になにを指すのか?
盧武鉉演説に具体的に書いてありますが、どこを読んでいるのですか?
> 上記の様な内容を政治的に発言されたのであれば、政府関係者なら、意見を公表するのが当然のことでしょう。それを、反発ととらえ、内政干渉云々と批判するのは、文章の理解力が無い証明としかいえない。
まずご自分がもう少し文章の理解力をつけてから出直してきてください。
投稿: Virgil | 2006/05/02 22:40
>對言人さん
>しかし、こうした数多くの意見を議論し、決めていくことが民主主義だと私は思っています。他国の干渉をそのまま受けて政治を行うことは、民主主義の根幹に関わることです。
日本国内でも、国際社会においても、率直に意見を述べ合って議論を重ね、なすべきことを決めていくのが民主主義というものでしょう。まったくそのとおり。
民主主義の根幹に関わるのは、耳に痛いことを言われた途端に「内政干渉だ」などとレッテルを貼り、ナショナリズムを煽って反対意見を無化しようとする手口です。
騙されてはいけません。これが権力者の常套手段なのです。
投稿: Virgil | 2006/05/02 23:43